要約
筑波大学大学院教育研究科 富田大輔
研究題目
歴史的道具に関する数学史を用いた授業研究
―道具「アストロラーベ」を用いて長さと角度を比較する授業―
1.はじめに
現状において、数学の学習内容の高度化・抽象化に伴い、子どもは数学に対する意義・有用性を見出し難くなる傾向があるといえる。今研究では、これを受け、生徒が実際に自分自身で観察・操作等を行うことを含む数学的活動を体験することで、「文化や社会生活において数学が果たしている役割」を理解するような開発教材を提示する。
また、先行する数学史における原典解釈を用いた授業研究(例えば、本福(2004))との相違点として、今研究では、『高度』という言葉が「長さ」・「角度」という2種類の計量を意味することに注目し、『高度』測定用の歴史的道具『アストロラーベ』により、互いの計量の特徴・有用性を生徒が理解する授業実践を行う。
2.研究目的・方法
(1)研究目的
アストロラーベに関する原典解釈やアストロラーベをはじめとするハンズオン教具の使用により、生徒が自ら体験し発見を行うという数学的活動を行い、「文化や社会生活において数学が果たしている役割」を理解できるか、また、角度と長さという二種類の図形に関する計量の特徴を相互比較により認識することができるかを考察する。
(2)研究方法
上記の目的を達成するため、具体的に以下の課題を設定する。
課題1:アストロラーベに関する原典解釈や道具操作による追体験により、生徒が「文化や社会生活において数学が果たしている役割」を理解できるか。
課題2:『高度』という言葉に含まれる『角度』、『長さ』という2つの計量を認識し、アストロラーベにおいて、それらの計量がそれぞれの特徴にそって用いられていたことを理解できるか。
以上の課題が達成できたかどうかを、以下の方法により考察する。
「数学史における原典解釈を利用したオリジナル教材を用いた授業研究を行い、授業前後のアンケート、ビデオによる授業記録を用いて変容を調べる。」
3.『アストロラーベ』の教材化
アストロラーベは、星や太陽等の高度を測定し、その結果を用いて現在の時刻や暦を調べる道具として用いられた。また、大航海時代付近においては、航海時に位置を観測するための道具としても活躍した。
1391年に著述家ジェフェリー・チョウサーがルイス少年のために書いたアストロラーベの教科書『A treatise on the Astrolabe』は以前の教科書をまとめ、非常にわかりやすく記したものとして有名である。授業ではこの本を原典として用いた。
この本は、生徒がアストロラーベの使い方を、原典を読むと同時に実際にアストロラーベを用いて、その使用法の中にある数学的原理を発見しないと、その使用法が理解できない仕組みになっている。このことより、この原典中における文章の意味を、生徒が実際に道具を用いて考えることは、礒田(2003,p.249)の、「道具を実際に利用してみることで、人は、その道具の開発者・利用者がなぜそれを用いたのか、彼らが実際どのように考えたかを知るきっかけをえることができる」ことを自然な流れで実践できる教材であると考えられる。
以上により、アストロラーベを題材とした授業を行うことによって本研究の目的・課題が達成できたかを議論する。
4.『アストロラーベ』の数学的解説
報告書の「道具の数学的解説」を参照。
5.授業概要
報告書、授業スライド、授業テキスト等を参照。
6.考察
事前・事後アンケートの比較により以下のことが確認できた。
@ アストロラーベに関する原典解釈や道具操作による追体験により、生徒が「文化や社会生活において数学が果たしている役割」を理解数学を単に受験や就職のための道具として捉えるのではなく、数学そのものが昔から続く文化的なもの、社会生活において役立つものだという認識を生徒が得た様子が見受けられた。
A 生徒が『高度』という言葉に含まれる『角度』・『長さ』といった2つの数学的な計量を相互比較し、それらの特徴の理解を深めていることが確認できた。
引用・参考文献
礒田正美(2003).なぜ道具を数学教育で活用する必要があるのか:道具を使ってこそ学べる数学の教育的価値を明かすためのパースペクティブ.日本数学教育学会.第36回数学教育論文発表会「課題別分科会」発表集録.P.246-249