パッポスの円環問題の探究活動による生徒の数学観の変容について

〜原典解釈における道具の効果〜

筑波大学大学院修士課程教育研究科 保坂高志

 

本研究は原典解釈を取り入れた数学史の学習が生徒の数学観の変容に貢献できるかを明らかにすることを目的とする。目的に対して,数学を相対化することと数学を人間の営みからの所産として捉えるという観点で,教材開発,授業実践を経たところ,生徒に数学観の変容を見出すことができた。

原典として,パッポスの「集成」の第4巻第2項(Ivor Thomas(1941). Greek Mathematical WorksU. Harvard University,pp564-621),A.B.KEMPE(1877).HOW TO DRAW A STRAIGHT LINE,埼玉県立図書館編(1969)の「埼玉の算額」を取り上げ,教材を開発した。また,作図ツール(Cabri Geometry U)とリンケージ(LEGO dacta)を原典解釈するための道具として用いた。そして,公立高校2年生(2クラス83)の生徒を対象に3時間の研究授業を行い,授業の前後でのアンケートと授業毎のアンケートにより,数学に対する見方・考え方がどのように変化しているかを調べた。生徒たちは数学A「平面幾何」,数学B「複素数と複素平面」は履習済みであったが,反転変換については未習であったので,事前課題で補った。授業では,特にパッポスの「集成」の第4巻第2項で論じられている「靴屋のナイフの作図題」を作図ツールにより生徒に追体験させることをねらいとした。そして,その解法に必要な反転変換をHOW TO DRAW A STRAIGHT LINEに触れることとリンケージに作成した反転機に触れることから学習し,さらに「埼玉の算額」で取り上げられている円環問題に触れることで円環問題を相対化して見ることができるように授業を展開した。指導内容は以下の3つである。@様々な形態で表れる靴屋のナイフ(アルベロス)の問題を体験する。Aパッポスの円環問題の解法で用いられる反転変換を作図ツールとリンケージを使って理解する。B作図ツールを使い,パッポスの円環問題の解法を追体験する。安政時代の日本における円環問題に触れ,円環問題を相対化する。生徒の数学観の変容を調べるために授業前後のアンケートと授業毎のアンケートを用意した。その内容は選択および記述の回答方式であった。

授業の結果,道具の構造や作図ツールによる探求から反転変換を理解し円環問題を相対化するという活動が数学の問題に対する見方を変容させていた。例えば授業後にある生徒は「数学を歴史の面でとらえてみたいと思うようになった。数学者たちが発見したことや,どのように当時証明したかのか知りたいと思うようになった。」(変容理由→)「自分の中で初めて数学を歴史の流れの中でとらえる機会を得て,どんな歴史を経て現在へと至っているのか興味をもったので。」などと記述するようになった。このように作図ツールという新たな媒介で過去の問題を考察し,さらに過去の道具(ここでは反転機)の構造を理解していく授業は,生徒にとっても数学に新たな観点を加えることができると考えられる。また,生徒は数学史を題材として用いた授業によって,数学を相対化し数学を人間の営みから得られたものであるという認識ができるようになってきた。

参考文献

A.B.KEMPE(1877). HOW TO DRAW A STRAIGHT LINE. MACMILLAN AND CO, pp12-17.

Ivor Thomas(1941). Greek Mathematical WorksU. Harvard University, pp564-621.

埼玉県立図書館編(1969).「埼玉の算額」埼玉県立図書館.pp13-15(例題における現代解法), p89.